過去人気だったスレを再度まとめました(´・ω・`)
1:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 22:38:00.45 ID:oIV6bjxg0
正反対の話になるんだと思う。
だって、二十歳の記憶を持ったまま、
十歳の時点に戻ってやり直せるとしたら、
普通、その記憶を利用して色々するだろう?
一周目の反省や教訓を活かして、
もっと優れた二周目を目指すはずだ。
でも僕がしたことと言えば、
まさにその正反対のことだったんだ。
今思うと、馬鹿なことをしたと思うよ。本当に。
3:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 22:39:03.78 ID:oIV6bjxg0
僕は思ったよ、「なんて余計なことをするんだ!」ってね。
というのも、僕は自分の人生が気に入っていたんだ。
可愛い恋人がいて、友人にも恵まれていて、
まあまあの大学に通っていて、前途洋々でさ。
人生をやり直すチャンスってのは、もうちょっと、
自分の人生に心底絶望しきってるような、
そういう人に与えられるべきだったんだと思うよ。
それで、僕は余計なことを思いついちゃったんだ。
4:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 22:41:30.25 ID:oIV6bjxg0
二周目でも、そのままやり直そうということだった。
自分がこれから犯す間違いが分かっていても、
あえて全部、そのまま繰り返そうって思ったんだ。
十年分の巻き戻しを、まったく無意味にしてやろうってわけ。
これから起こる事件や災害、危機や変革のことも
大体頭に入っていたけど、僕は口をつぐむことにした。
とにかく、徹底的に一周目を模倣しようとしたんだよ。
5:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 22:42:15.13 ID:2qLC+8Wz0
6:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 22:43:04.62 ID:oIV6bjxg0
僕がそれに気付けたのは、枕元に置いてあった、
スーパーファミコンの入った紙袋のおかげだったんだ。
当時はそれが欲しくて仕方なかったんだよ。
紙袋の中には、一緒にゲームソフトも入っていた。
そのゲームの言い方を借りれば、僕の人生は、
『つよくてニューゲーム』にあたるわけだな。
結露した窓をパジャマの袖でこすって外を見ると、
まだうす暗く、雪に覆われた街が一望できた。
かなり寒いはずなんだけど、子供の体は温かかったな。
7:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 22:45:42.87 ID:oIV6bjxg0
二段ベッドの下で寝ていた妹が、目を覚ました。
妹は眠たげな目で枕元のテディベアを眺めて、
少し遅れて、「わあー」と歓声をあげた。
僕ははしごを下りて、妹のベッドに腰掛け、
テディベアに夢中な妹に、「なあ」と話しかけた。
「兄ちゃんは、十年後から戻ってきたんだよ」
妹は寝ぼけた様子で、「おかえりー」と笑った。
僕はなんだかそれが気に入っちゃって、
「ただいま」と言って妹の頭を撫でた。
妹は不思議そうな顔で僕の顔を見つめた。
9:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 22:52:27.68 ID:oIV6bjxg0
目の前にいる七歳の妹に、こう言った。
「今の僕には、これから自分が犯す過ちだとか、
本当にやるべきことというのが、分かるんだ。
今からなら、神童にだって、予言者にだってなれる。
でも、僕はなにひとつ変える気がないんだ。
前と同じ人生を送られれば、それだけで十分だからね」
テディベアを抱えた妹は、僕の顔をぼうっと見つめて、
「よくわかんない」と正直なところを答えた。
10:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 22:56:03.68 ID:oIV6bjxg0
周りの連中をコケにしたくなるのを我慢して我慢して、
わざわざ一周目と同じ事故に遭いさえしたんだ。
何をするにも、手を抜くことに真剣だったね。
我ながら、僕はよくがんばった方だと思うよ。
それでも、蝶の羽ばたきひとつ程度の違いで、
人生ってやつは、かなり変わってしまうものらしい。
二周目に入って五年も経つ頃には、僕の人生は、
一周目のそれとは、大きく様変わりしていたんだ。
12:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:01:05.84 ID:oIV6bjxg0
とにかく、一から十まで変わってしまったんだ。
一言でいうとね、僕は、落ちぶれたんだ。
一周目の人生からは、とても考えられないほどに。
理由は後で詳しく説明するけど、一例を挙げると、
一周目で親友だった人物にいじめられたり、
一周目で恋人だった女の子にふられたり、
一周目で通っていた高校の受験に失敗したり。
奇跡的な悪循環が生じたわけだよ。
14:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:05:14.62 ID:oIV6bjxg0
僕はすっかり暗い人間になってしまっていた。
志望校には落ちて、ろくでもない高校に入って、
芽生えかけていた人間嫌いに磨きがかかってさ。
絵に描いたような孤独な人間になったんだ。
だから二周目の高校時代の思い出ってのは、
ほとんどないんだ。卒業アルバムも捨てちゃった。
寂しいもんだよ。修学旅行さえ苦痛だったんだ。
15:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:10:47.95 ID:oIV6bjxg0
高校二年生の冬、ひどい吹雪の日だったな、
僕はがたがた震えながらバスを待ってたんだ。
その時、僕はふと、少し離れた場所で
僕と同じようにバスを待っている女の子が、
見たことのある顔だってことに気付いた。
いや、忘れるはずもないんだ。
それは一周目では僕の恋人だった女の子だ。
十五歳で付き合い始めてからは、ずっと傍にいたんだ。
それが、二周目では、あっさり告白を断られてさ。
思えば、悪循環の始まりはそこだった気もする。
16:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:16:14.33 ID:oIV6bjxg0
そうでなくても、僕の存在なんて、
とうの昔に忘れちゃってたかもしれない。
それでも僕の目には、寒さに震える彼女が、
なんだか寂しそうに見えて――隣に誰か、
温かい存在を必要としているように見えたんだ。
いやあ、実に自分に都合のいい想像だよ。
それでも僕は幸せだった。だってさ、
自分が必要とされている気がしたんだ。
あの子にはやっぱり僕が必要なんだって、
幸せな勘違いをすることができたんだ。
17:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:20:47.12 ID:oIV6bjxg0
かつての幸せな日々を取り戻したくて、
彼女と同じ大学へ行くために猛勉強した。
おかげで僕の学力は最後まで伸び続けて、
一周目で通っていた大学に、無事合格できた。
悪くない気分だったな。奇跡みたいだったよ。
そこまではいい。そこまでは良かったんだよ。
入学式が終わって、僕は彼女の姿を捜し回って、
ついに見つけ出したわけなんだけど、
むしろ、そっからが問題なんだ。
19:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:24:56.03 ID:oIV6bjxg0
かつての恋人が、知らない男と腕を組んで歩いている。
それだけなら、まだ我慢することができたかもしれない。
でも、その男と言うのが、どこからどう見ても、
一周目の僕にそっくりだとなると、さすがに話は違ってくる。
僕のかつての恋人の隣を歩いている男は、
背格好、仕草、声、喋り方、表情の作り方、
どこをとっても、一周目の僕と瓜二つなんだ。
ドッペルゲンガー、という言葉が僕の頭に浮かんだ。
24:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:30:28.30 ID:oIV6bjxg0
身長は四センチ小さかったし、体重は十キロ軽く、
比べ物にならないくらい表情が暗くなっていた。
仮に一周目の人生を正確に再現できていたら、きっと、
目の前にいるその男みたいになれていたんだと思う。
どうりで僕が彼女と付き合えなかったわけだよ。
二周目では、僕の代役がいたんだ。
26:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:34:49.64 ID:GNyV2yDS0
29:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:36:22.31 ID:VoAsN12l0
30:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:36:42.95 ID:oIV6bjxg0
『おい、違うだろ、それは僕の役だろうが!』って、
狂ったように頭の中で言いつづけていたと思う。
それからの数か月は本当に驚きっぱなしだったよ、
なにせ、かつての僕の大学生活というものを、
僕の分身が次々と正確に再現してみせたんだから。
それにしても、客観的に見ることで、あらためて、
一周目の僕って幸せだったんだなあって思ったよ。
そのくせ嫌味もないし、人に親切だし。
31:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:40:57.87 ID:oIV6bjxg0
その頃になると、僕はほぼ引きこもりになっていて、
ほとんど大学には行かず、一日中安酒を飲んで、
ろくに食事もとらず、寝てばかりいたんだ。
このままじゃ発狂すると思ったね。
何をしていても、例のドッペルゲンガーと、
今の自分とを比較してしまうんだ。
そうすると、それまで当たり前だったことさえ、
急に耐えられなくなっちゃうんだよ。
32:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:45:07.18 ID:oIV6bjxg0
今の自分が、彼女にふさわしい男ではなくて、
分身に勝てないことは、重々承知していたんだ。
でも、その上で考えたやり方と言うのは、
とても正気の沙汰とは思えなかったね。
つまり僕は、僕の代役を務めるあの男を、
ぶっ殺してしまおうと思ったわけなんだ。
そしたらあの子も、また寂しくなって、
僕の方に傾くんじゃないか、ってね。
いやあ、追い詰められた人間ってのは、
本当にろくなことを考えないよ。視野が狭くて。
35:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:52:36.82 ID:oIV6bjxg0
別の言い方をすれば、ドッペルゲンガー殺害計画。
以後、僕は定期的にその男を尾行するように
なったんだけど、おかげで引きこもりが治ってさ。
皮肉なことに、殺害計画を思いついてから、
しばらく僕の性格はとっても明るくなるんだよ。
妹に指摘されて、僕は自分の変化に気付いたんだけど、
――そう、すっかり妹の話を忘れていた。
僕に匹敵するくらいの変化を遂げた妹の話。
37:名も無き被検体774号+:2012/10/18(木) 23:58:10.82 ID:oIV6bjxg0
年中健康的に日焼けしている、活発な女の子だった。
ところが二周目においては、僕の影響を受けたのか、
読書と日陰を好む、色白の眼鏡の子になったんだ。
一周目を知る人から見たら、何かの冗談みたいだよ。
兄妹揃って暗い人間になって、家は毎晩お通夜みたいだったな。
両親も自分に自信がなくなったのか、嫌な人間になっていった。
いやあ、人一人の持つ影響力ってのは、馬鹿にならないね。
38:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 00:03:30.44 ID:oIV6bjxg0
僕に恋人ができるまでは、どこへ行くにも一緒だった。
でも二周目では、口をきかないどころか、
目さえ合わせようとしなかったね、お互いに。
妹は僕のことを嫌っていたんじゃないかな。
だって、たまに珍しく口を開いたかと思えば、
それは大抵、僕に対する文句だったからね。
「目つき悪い」とか。人のこと言えないだろ。
いやあ、実に悲しいもんだったよ。
娘に嫌われた父親って、こんな気分なんじゃないかな。
39:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 00:09:19.30 ID:vRIuLzlA0
嬉々として殺害方法を考えていた夜、その妹が、
一人で僕のアパートにやってきたんだ。
僕のことが大嫌いなはずの妹がだよ。
ちょうど、初雪が観測された日のことだったな。
あまりに寒いから、やむなくヒーターを点けて、
懐かしい感じのする灯油の匂いが部屋に満ちて、
そのとき、部屋の呼び鈴が鳴ったんだ。
制服にカーディガンを重ねただけの格好の妹は、
白い息を吐きながら、僕の目を見ずに言った。
「しばらく、ここに泊めてちょうだい」
41:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 00:14:26.01 ID:vRIuLzlA0
妹のしていることは、いわゆる「家出」だった。
らしくないことをするな、と僕は思ったな。
たとえ家に不満があっても、家出のような
意味のない行動に出るやつには見えなかったし。
「どうやってここまで来たんだ?」と僕がたずねると、
妹は「どうだっていいでしょう?」と模範解答をした。
「汚い部屋」と妹は言った。「趣味も悪いし」
「嫌なら出てけ」と僕も模範解答をした。
一周目の妹だったら、苦笑いしながら掃除して、
美味しい料理でも作ってくれたんだろうけど。
42:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 00:19:50.27 ID:vRIuLzlA0
友人の少ない妹には、他に行く当てもないから、
やむを得なくここに家出してきたんだろうな。
まだ冬休みも始まっていないだろうし、
そんなに長くは滞在しないとは思うけど、
さっさと出て行ってくれないかな、と僕は思った。
けれども妹に強く言う勇気もなかった。
二周目の僕はとことん臆病者なんだよ。
そして二周目の妹はちょっと怖いんだよ。
かくして、非常にぎすぎすした二人暮らしが始まったんだ。
43:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 00:46:29.47 ID:DKZW9IOqO
なんとなく口調がライ麦畑~を思いだしたわ
44:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 00:50:53.18 ID:vRIuLzlA0
そうですね、ぶっちゃけホールデンですね
55:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 15:07:17.52 ID:tPgKXNuwO
60:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 20:09:48.94 ID:vRIuLzlA0
驚いてすっかり目が覚めてしまった僕に、
妹は「この街の図書館に連れてって」と言った。
それからちょっと間を置いて、「いますぐに」と付け足した。
二周目に入ってから、僕の睡眠時間は激増して、
十時間は眠らないと辛い体質になってしまっていた。
多分、起きてる時間が苦痛だからなんだろうけどさ。
それでも、相手が家出少女だろうと不登校児だろうと、
女の子に起こされるってのは、悪い気分じゃなかったね。
そういうのって、なんだかとっても人間的だよ。
62:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 20:21:16.55 ID:vRIuLzlA0
そして後部座席を見て、「きたない」と言った。
「持主の性格が分かるね」とのこと。そいつはすごい。
空は曇っていて、辺りは薄い霧に覆われていた。
図書館へ向かう最中も妹は文句を言い通しで、
勝手に借りている僕のコートが煙草くさいとか、
何か音楽は流さないのかとか、好き勝手言っていた。
無視し続けたら、ティッシュの箱で叩いてきた。
「人の話はちゃんと聞きなさい」と言われた。ごもっともだ。
ちなみに図書館では、本選びに時間をかける妹に
「まだか」と聞いたら、「しゃべるな」と本で叩かれた。
二周目の妹ってのは、こんな感じなんだよ。
64:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 20:30:59.57 ID:vRIuLzlA0
僕が家を出て行こうとすると、妹は顔を上げて、
「おにいちゃん、大学行くの?」と聞いてきた。
「殺害したい相手の生活パターンを知りたいから、
ストーカーしに行くんだ」と言うわけにもいかないから、
僕は「そう、大学だよ。七時には帰る」と答えておいた。
今年中には、この問題に決着をつけたかったんだ。
ドッペルゲンガーと元恋人が共にクリスマスを過ごしたり
新年を迎えたりすることなんて、考えたくもなかったからね。
65:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 20:38:33.01 ID:vRIuLzlA0
ドッペルゲンガーの行動様式も大体把握して、
実を言うと、とっくに行動に移っても良い頃合だったんだ。
それでも僕がだらだらと尾行を続けていたのは、
多分、踏ん切りがつかなかったからと思う。
つまり僕は、彼が欠点を晒してくれるのを待っていたんだな。
僕は、彼が死ぬべき人間だって思い込みたかったんだ。
殺すに値する理由が、ほんの少しでも欲しかったんだよ。
困ったことに、数か月に渡ってあら探しを続けても、
彼は短所らしい短所をまったく見せないでいた。
どっちかと言うと、僕の方が死ぬべき人間なんだろうな。
66:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 20:45:07.83 ID:vRIuLzlA0
ドッペルゲンガーには、以下のような特徴があるらしい。
・周囲の人間と会話をしない。
・本人に関係のある場所に出現する。
・ドッペルゲンガーに出会った本人は死んでしまい、
ドッペルゲンガーがオリジナルになってしまう。
ちょっと考えればわかることだけど、これらの特徴、
どちらかというと全て、僕の方に当てはまるんだよな。
友人のいない僕はめったに人と会話しないし、
同じ大学に通う僕らは出現場所が似ているし、
死ぬとしたら彼の方だし(僕が殺すからね)、
向こうの方が見た目も中身も一周目の僕に近い。
これじゃあまるで、僕が偽物みたいじゃないか。
69:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 21:57:05.56 ID:vRIuLzlA0
仲良く談笑できるくらいの相手は、大学中に、
控え目に見積もっても二百人はいたんだよ。
当時の僕は、そいつらが皆、癖こそあれ、
それぞれにいい所を持った奴に見えたんだけど、
今になって少し離れた場所から見ていると、
どいつもこいつも、ろくでなしのように見えたね。
自分と関係のある人間が良いやつに見えて、
関係のない人間が嫌な奴に見えるのは当前だけどさ、
変な話、そういうことに僕は慰められたんだよ。
ああ、少なくとも、一周目の僕は、全てにおいて
恵まれていたわけじゃなかったんだ、って思うとね。
惨めな話だよ、そんなことに喜びを感じるなんて。
70:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 22:08:42.41 ID:vRIuLzlA0
僕に見せるのは、なかなか興味深かったね。
優しいと思ってた奴が利己心の塊だったり、
謙虚だと思ってた奴が自己顕示欲の塊だったりさ。
ただ、これは僕の憶測だけど、一周目において、
僕が彼らのことを良い人間だと感じていたのは、
けっして勘違いではなかったと思うんだよ。
73:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 22:19:58.26 ID:vRIuLzlA0
無意識にそいつの影響を受けてしまって、
一時的に良い人間になれるんじゃないかな。
一周目の僕を前にしているときに限定すれば、
おそらく彼らは、実際に良い人間だったんだよ。
逆に、今の僕みたいなのを前にすると、
肩の力を抜いて、安心して屑になれるんだ。
僕が何を言いたいかっていうとね、
相手が嫌な人間だと感じたら、その時点で、
少なからずこちらにも責任があるってわけさ。
74:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 22:31:56.64 ID:vRIuLzlA0
これっぽっちも魅力を減じないどころか、
ますます魅力を増すような人間もいたね。
まあ、もちろん、元恋人のことだけどさ。
手に入らないものほど欲しくなるってのもあるけど、
二周目の僕は、下手をすれば一周目の僕より、
更に彼女を好きになっていたように思うな。
うん、崇拝していたと言っても過言ではないね。
今こそ、今こそ人生をやり直すチャンスをくれよ、
そう僕は思った。今度こそ上手くやってみせるからさ。
僕は布団にもぐり、目を閉じて、その晩も祈る。
目が覚めたら三周目が始まっていますように。
75:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 22:50:05.67 ID:vRIuLzlA0
さすがにそろそろ邪魔になってきたから、
勇気を出して、「いつ頃帰る?」と聞いてみると、
「おにいちゃんが帰れ」と返された。僕が悪かったよ。
ちょうどその日、母親から電話があって、
妹がそちらに行っていないかと聞かれたから、
五日前から居座っていることを正直に話してやった。
そのことを妹に伝えると、彼女は「そっか」とだけ言い、
しばらくすると、荷物を丁寧にまとめ始めた。
こういうところは、異様にものわかりが良いんだよな。
76:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 22:57:00.94 ID:vRIuLzlA0
雪が結構ひどくて、あまり街灯もない道で、
妹一人で行かせるには心配だったからね。
隣と呼んでいいのかどうか分からないくらいの
絶妙な距離を保ちながら歩く僕たちは、
あいかわらず、終始口をつぐんでいた。
一周目だったら、手を繋いで歩いてたとこだよ。
妹は、僕のことを恨んでるんじゃないかと思ったな。
まあ、とっくに嫌われてるからいいけどさ。
それに、これから人一人殺そうって人間が、
誰にどう思われるか一々気にしてたら、きりがないよ。
79:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:03:49.33 ID:vRIuLzlA0
壁や床はあちこち黒ずんで、蛍光灯は黄ばんで、
椅子のクッションは破れて中身が飛び出し、
売店には薄汚いシャッターが下りていた。
バスを待つ客も数人のみで、しんとしていた。
あまりにも陰鬱な感じがして、まるでここにいる皆が、
家出先から実家に帰るとこなんじゃないかって感じ。
「汚いところ」と妹は言った。「お兄ちゃんの部屋みたい」
「情緒があるよ」と僕は自分の部屋をフォローした。
81:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:14:55.55 ID:vRIuLzlA0
カップ式自販機のココアを飲みながらバスを待った。
ひどい場所だったね。ここからバスに乗ったら、
昭和や大正に連れてかれるんじゃないかと思った。
まあ、本当にそうだとしたら、僕は進んで乗っただろうけどね。
僕がココアを飲み終えると、妹は「ん」と手を差出し、
僕のカップを自分のカップに重ね、捨てに行った。
すたすた歩く妹の背中を、僕は後ろから眺めていた。
一周目の妹と比べると、ずいぶん頼りない感じがしたな。
82:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:22:12.87 ID:vRIuLzlA0
妹が家出した十六歳の女の子だってことを、
僕は、きちんと配慮していたと言えるだろうか?
本当は、母親には嘘をつくべきだったんじゃないか?
そもそもこの子は、家出なんてするタイプじゃないんだ。
よっぽどの考えがあって、僕のもとに来たんだろう。
せめて本人が満足するまでの間くらいは、
かくまってやった方が良かったんじゃないか?
83:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:33:45.66 ID:vRIuLzlA0
「また家出したくなったら、来るといいよ」
こんな台詞でも、言うのにずいぶん勇気を必要とした。
二周目の僕は、家族に対してさえ臆病なんだよ。
振り返った妹は、めずらしく目を見開いて、
しばらく立ち止まって僕の顔を見て、
「そうする」と言って笑い、バスに乗り込んだ。
バスが行ってしまうと、僕は待合室に戻り、
帰り道に向けて、再びココアで体を温めた。
妹の笑顔を見て、やけにほっとしている自分がいたな。
85:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:44:28.71 ID:vRIuLzlA0
三日後、再び僕の部屋を訪れた。
家にいるときに妹がすることと言えば、
一方的に僕の悪口を並べ立てた後、
「おにいちゃんは駄目だねー」と言うことだった。
そして僕の夕飯をおいしそうに食べ、
僕のベッドを占領してすやすや寝た。
翌日、父親が迎えに来て、妹を連れて帰った。
この分だと、またすぐに戻ってくるだろう。
何が彼女をここまでさせるんだろうか?
86:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:56:07.72 ID:1lzDpgtC0
87:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 00:14:06.17 ID:z9P33ux30
面白いなぁ
94:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 16:36:35.08 ID:JuWNwpCZ0
明らかに一周目の僕より劣っているとは言え、
部分的には、優れているところもあったんだ。
第一、そうでなきゃ、やってらんないよね。
二周目の僕は、一周目の僕と比べると、
百倍くらい本を読む人間だったんだ。
それはもちろん、孤独を紛らすために、
図書室に通ったことが起因してるんだけどさ。
そして、これから話す出来事において、
その趣味がそこそこ役に立ったんだよ。
96:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 16:44:08.20 ID:JuWNwpCZ0
五年間、ずっと一緒にいて、実に色んなことを話したからね。
ところがさ、案外、僕の知らない面も存在したみたいなんだよ。
その日も僕は、妹に踏まれて目を覚ましたんだ。
「図書館に本返すから」と妹は言った。「市民の義務だから」
まあ、午後四時にぐっすり寝てる僕も悪いんだけどさ。
図書館につくと、妹は本の束を抱えて歩いて行った。
辺りは早くも薄暗くなってて、街灯が点きはじめてたね。
97:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 16:52:29.83 ID:JuWNwpCZ0
そこは物置みたいになってて、色んなものが散乱してたな。
錆びた自転車とか、ポールとか、柵とか、そういうもの。
ガラクタの中で、室外機だけが辛うじて息をしていた。
僕は柵に腰かけて、煙草を吸っていたんだ。
なぜかそこには、きちんとした灰皿があったからね。
二周目の僕は、こういう寂しい場所にくると、
心が安らぐような人間になってたんだ。
ふと見ると、こっちに向かって誰か歩いてくるのが見えた。
どうやら僕と同じ用らしくて、手には煙草を持っていて、
――そう、それが僕の元恋人だったわけなんだよ。
102:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 17:04:10.70 ID:JuWNwpCZ0
気まずそうな顔をしながらも、僕に挨拶したんだ。
相手が誰であれ、笑顔で挨拶してくれる子なんだよ。
僕も同じように挨拶しかえしたけど、内心、取り乱してたな。
彼女が喫煙者だなんてこと、僕は知らなかったし、
この図書館の利用者だってことも知らなかったんだ。
あれだけ話す機会を欲しがっておきながら、
いざとなると、何にも言葉が出てこないんだよ。
何か喋んなきゃ、って焦るばかりでさ。
なんとか会話を繋いで引きとめよう、ってね。
103:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 17:12:37.38 ID:JuWNwpCZ0
「僕じゃなくて、妹がね」と僕は正直に答えた。
「そっか、妹さんか。……君は本、読まないの?」
「そこそこ」と答えると、元恋人は嬉しそうな顔をした。
周りに本を読む人間が少なかったんだろうね。
それから僕たちは十分くらい、本の話をしたんだ。
他愛もない話だったよ。大した意味のない会話。
一周目の僕だったら、二秒で忘れるような会話さ。
でもさ、たったそれだけのことで、僕は、
嬉しさで胸がはちきれそうだったんだ。
この時間が、少しでも長く続けばいいって願ったよ。
104:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 17:21:55.14 ID:JuWNwpCZ0
僕のかつての恋人は、困ったような顔で笑った。
「彼にも秘密にしてるんだ。今の所、君しか知らない」
僕はその言葉を脳に刻みつけたね。
”君しか知らない”。実に心地よい響きだよ。
辺りが真っ暗になって、彼女は帰って行った。
僕はしばらく、彼女との会話の余韻に浸っていたな。
止まらない体の震えは寒さによるものなのか、
興奮によるものなのかは、分かんなかった。
こんなんで喜べるなんて、エコの極みだよね。
それに、このとき僕はまだ、自分のしている
致命的な勘違いには気づいていないんだ。
105:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 17:28:23.13 ID:JuWNwpCZ0
「五分の遅刻」と頭を五回たたいてきた。
一時間遅刻したら大変なことになってたと思うよ。
図書館を出てからしばらくして、妹が言った。
「おにいちゃん、さっきの女の人、仲良いの?」
「いや。僕と口をきいてくれるくらい、あの子が優しいってだけ」
「ふうん。じゃあ、私も優しいね。口きくから」
「違うな。僕たちは単に仲が良いんだよ」
「ええ、そうなの?」と妹は迷惑そうに言った。
107:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 18:04:05.46 ID:JuWNwpCZ0
いたるところでクリスマスソングが流れ、
駅前には巨大なモミの木が設置され、
いよいよクリスマスが近づいてきていた。
妹は四回目の家出から無念の帰宅をして、
僕は駅にあるカフェでコーヒーを飲んでいた。
そこからだと、広場の様子がよく分かるんだ。
そして駅前の広場は、僕の元恋人が、
待ち合わせによく使っていた場所なんだよ。
僕はそこで、彼らが落ち合うのを見張っていた。
この日は、ちょっと特別な日なんだ。
110:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 18:17:52.71 ID:JuWNwpCZ0
十二月二十四日、クリスマスイブなんだよ。
そして僕の恋人は、クリスマスと誕生日が被るのは
嫌だということで、一週間前に祝うようにしていたんだ。
ドッペルゲンガーも僕と誕生日が同じらしくて、
lクリスマスツリーの下で恋人と落ち合った彼は、
綺麗に包装されたプレゼントを受け取っていた。
こんな立場じゃなきゃ、微笑ましい場面だったんだど、
僕はそれを見て思わず頭を抱えたね。
111:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 18:26:39.97 ID:JuWNwpCZ0
僕とまったく同じように頭を抱えている人がいたんだ。
そいつをよく見ると、知らない顔じゃなかった。
というのも、その子は小中高と同じ学校に通っていて、
さらには大学の学部まで一緒の子だったから、
人の顔を覚えられない僕でも、さすがに覚えてたんだ。
でも、あんまり口をきいたことはなかったな。
だって、向こうも僕には言われたくないだろうけど、
ひどく話しかけづらい子だったんだよ。
彼女の視線は、僕と同じで、駅の広場に向いていた。
そりゃあ、ここにいたら、他に見るものはないんだけどさ、
彼女を見ているうちに、僕の中で何かが引っかかったんだ。
113:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 18:39:16.67 ID:JuWNwpCZ0
口癖とか仕草とかが伝染るじゃないか。
だから、一周目において、僕と恋人の間には、
いろんな共通する「癖」があったんだ。
そのとき隣の女の子がやっていた、
左手で後頭部の髪をやたら触る仕草は、
偶然にも、僕から恋人に伝染った癖の一つだった。
なんだか、すごく懐かしい感じがしたね。
116:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 18:59:52.07 ID:JuWNwpCZ0
その一瞬で、どうしてか、僕は彼女に関して、
色んなことが分かっちゃったんだ。
その一。彼女は僕の代役に恋している。
限りなく似たような感情を抱いていると、
目を見ただけで、分かるものなんだよ。
その二。彼女は僕の元恋人に嫉妬している。
たしかに、思いを寄せている人間と
あれだけ親密にされたら、そうもなるよね。
その三。彼女には”一周目”の記憶がある。
118:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 19:10:35.94 ID:JuWNwpCZ0
スペシャリストである僕から言わせるとね、
二周目で失敗した人間に特有の感情があるんだ。
隣にいる女の子から、僕はそれを感じ取ったんだよ。
そんでさ――これについては最初から
説明しておくべきだったんだろうけどさ、
実を言うと、僕が持つ一周目の記憶には、
いくらか致命的な欠陥があったんだ。
119:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 19:18:14.75 ID:JuWNwpCZ0
自分はこういう特徴の人間とこういう関係がある、
みたいなことはしっかり覚えてたんだけど、
実際の名前、顔、声みたいな具体的情報は、
いくら思い出そうとしてもはっきりしなかったんだ。
「表情が豊か」とか「日焼けしている」とか、
「大人しそうな名前」とか「目つきが悪い」とか、
そういう風には思い出せるのに、だよ。
でも、二周目の僕は、そのことを軽視していたんだ。
一周目の再現をするだけの二周目においては、
記憶に制限があっても、さほど支障はないように見えたからね。
それに、記憶ってのは、多かれ少なかれ、
はじめからそういう不確かな性質があるものだから。
121:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 19:25:47.34 ID:JuWNwpCZ0
以上の情報をまとめると、導き出される結論は一つ。
隣にいる女の子は、僕のかつての恋人が、
人生のやり直しに”失敗”した姿なんだよ。
そう。席を奪われたのは、僕だけじゃなかったんだ。
僕が中学の頃に告白したのは見当違いの相手で、
殺人を犯してまで取り戻そうとした恋人は人違いで、
僕がいつも影から見ていた二人は、両方とも代役だったんだ。
そして僕の本物の恋人は、いつだって傍にいたんだよ。
125:名も無き被検体774号+:2012/10/20(土) 20:36:53.77 ID:YEpkHUy70
これは期待
131:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 00:08:19.58 ID:N2VltCWT0
鳥肌もんだよ
144:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 20:05:29.89 ID:z96bEzcG0
145:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 20:22:20.49 ID:0NqI+JUK0
同じ苦悩を抱えていると知ったとき、
けれどもね、僕は喜びはしなかったんだ。
いや、むしろ絶望を深めたと言ってもいい。
どうしてかと言うとね、たとえ隣にいるその子が、
僕の本当の恋人だったとしてもね、今僕が好きなのは、
より一周目の彼女に近い、”偽物”の方なんだよ。
僕が気にするのは「オリジナルかどうか」じゃなくて、
「一周目と同じ気持ちにさせてくれるかどうか」だったんだ。
変わっちまった本物には、もはや興味がないんだな。
147:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 20:34:36.70 ID:0NqI+JUK0
本人にとっては修正しようがない事実なんだよ。
そして、僕の求める”偽物”の子が、そもそも僕とは
赤の他人だったということが分かって、僕はがっかりした。
こうなると、彼女と僕が結ばれる根拠は、いよいよ無いじゃないか。
僕が信じてきた赤い糸は、広場にいる彼女じゃなくて、
隣で頭を抱えている女の子と繋がっていたわけだからね。
しかし、見れば見るほど、本物の元恋人は、
僕と似たような変化を遂げていて、驚いたね。
二周目の自分を客観的に見てる気分だったよ。
あんまり良い気分じゃなかったな。
148:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 20:44:49.87 ID:0NqI+JUK0
寂しそうな目で広場を見つめる本物の元恋人は、
隣に誰か、温かい存在を必要としているように見えた。
うん、今度ばかりは、勘違いじゃなかったと思うよ。
けれども僕は、彼女に話しかけず、店を出た。
僕が必要としているのが彼女でないように、
彼女が必要としているのも、僕の代役の方だろうからね。
149:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 20:58:45.16 ID:0NqI+JUK0
どこもかしこもクリスマスムードでむなしくなったけど、
とことんそういう気分に浸りたい気分でもあったな。
考えてみると、色んなことが馬鹿馬鹿しかったね。
そもそも僕は、あの代役を殺す気でいたわけだけど、
本当にそんなことができる気でいたんだろうか?
そして奇跡的にそれに成功したところで、
その相手の子は、今の僕を好きになると、
本気で考えていたんだろうか?
だとしたら、頭がおかしかったんだろうな。
150:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 21:02:38.45 ID:0NqI+JUK0
殺害計画を諦めたわけなんだけどさ、
願いってのは、腹立たしいことに、
願うのをやめた頃に叶うものなんだ。
151:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 21:07:59.95 ID:cfy7UGur0
152:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 21:12:02.59 ID:32fOe/5d0
154:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 21:50:20.71 ID:0NqI+JUK0
今まで以上に、色んなことを忘れたかった。
尾行する必要もなくなって、時間も余っていた。
それで、目についた短期アルバイトに、
片っ端から応募することにしたんだ。
毎日夜遅くにくたくたになって帰宅する僕を見て、
五回目の家出をしてきていた妹は、
「おにいちゃん、恋人でも出来た?」と聞いてきた。
今一番聞きたくない言葉だったね、まったく。
そんでね、どうせ予定もないのだからと、
年末までアルバイトを詰め込んだ僕だったけど、
ろくに内容の説明も読まなかったせいで、
クリスマス当日に、恋人の集まるデパートで、
抽選会の係をすることになっちまったんだよ。
157:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 22:06:06.26 ID:0NqI+JUK0
思いもよらない人間がバイトに来ていたんだ。
そう、本物の方の、僕の元恋人さ。
うん、実に気まずい感じだったよ。
やることも考えることも一緒なんだね、僕たちは。
向こうは僕の顔を見ると、軽く頭を下げた。
僕も同じように返したけど、この分だと、相変わらず、
彼女は僕の正体に気付いていないみたいだった。
僕たちは知り合いと言うことでペアにされて、
暑苦しいサンタのコスチュームを着せられて、
浮かれた夫婦やカップルなんかを相手にした。
かつては僕たちも向こうの人間だったんだけどな。
思えば、高校時代も、友達のいない僕たちは、
他に組む相手がいないときなんかに、
こうやって二人気まずく作業していたんだよ。
それを思うとおかしかったね。
158:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 22:25:14.99 ID:0NqI+JUK0
一人で外に煙草を吸いに行ったんだ。
彼女といると、過ぎたことばかり考えてしまうからね。
何気なく駐車場の様子を眺めていると、
見覚えのある青い軽自動車が入ってくるのが見えた。
それは僕がストーカー時代によく目にした車なんだ。
つまり、代役二人が乗っている車というわけさ。
結構めずらしい車種だったから、すぐに分かった。
そういえば、二十歳のクリスマスの夜、
僕たちはにここを訪れたんだっけ。
218:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:44:12.89 ID:T7AA0Ab80
夜遅くなって、皆さんにはもうしわけないです
行き当たりばったりでやってたから遅くなってしまって
だから>>161の方に展開読めたと言われたときは
「えー、僕も知らないのに!」って羨ましく思いました
162:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 22:41:02.54 ID:0NqI+JUK0
まあこのあと起こることは予想できると思うけど、
四人は、そこで初めて一堂に会することになるんだ。
いつも以上に幸せそうなその二人は、まさかその幸せが、
目の前にいる二人の冴えないサンタクロースによる
クリスマスプレゼントだったとは、思いもしなかっただろうな。
本物の元恋人の方を見ると、やっぱり、
僕の代役の方を見て、辛そうな目をしてたな。
多分僕も、そういう目をしていたんだと思うよ。
164:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 22:50:59.76 ID:0NqI+JUK0
彼らがこれからどう過ごすのかを思い出していた。
隣にいる元恋人も、同じことを思い出していたんじゃないかな。
こんなに気分の悪いことって、そうそうないよ。
抽選会場の傍には家電コーナーがあって、
僕は気を逸らすために、そこに置いてある
大型テレビの映像を眺めることにした。
なんてことはないニュース映像が流れていて、
たまに駅前のイルミネーションが映されたりして、
――そして僕は突然、さっきの二人が、
これから死ぬ運命にあるってことに気付いたんだ。
166:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 22:59:22.49 ID:0NqI+JUK0
釣り合いの取れてるものなのかもしれないな。
その考え方は、大抵は運のない人間が
自分を慰めるために使う言葉なんだけど、
この時ばかりは、そう思わずにはいられなかったよ。
不思議と、どんな感情も湧いてこなかったね。
そうか、あの二人は死んでしまうのか。それだけ。
どちらかと言えば、喜ぶべきことだったと思うよ。
あの男のことが憎いことには変わりがないし、
あの女の子はどうせ僕のものにはならないんだし。
そう、手に入らないものなら、最初っからない方が幸せなんだ。
179:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 23:39:34.95 ID:0NqI+JUK0
かつての恋人の手を取って走り出していた。
いやあ、自分でも意味わかんなかったなあ。
でも仕方ない話なんだ。これからすることが、
一人でどうにかできるものなのか分からなかったし、
話を信じて協力してくれるとしたら、彼女だけだろうからね。
デパートの中を駆け抜けていくサンタ二人を見て、
子供なんかは僕らを指差して騒いでいた。
実際、奇妙な光景だったと思うよ。
彼女が何も言わずについてきたのはさ、握られた手に、
どこか懐かしいものを感じたからだと思うんだよ。
なんでかっていうと、僕がまさにそのように感じたから。
184:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 23:50:11.30 ID:0NqI+JUK0
僕は車に乗り込んでエンジンをかけた。
珍しく僕の頭は冴えわたっていたんだ。
さっき見たニュースの進行具合から言って、
間に合うかどうかの瀬戸際だったな。
そんな緊迫した状況なのに、一方で僕は、
おかしくて仕方がなかったんだ。
自分が自分らしくない行動に出るのってさ、
多分人生で起こることの中で、一番面白いんだよ。
二周目の人生を主にそれに悩まされてきた僕だけど、
でもやっぱり、人が「らしくない」ことを出来るのって、
何かに対して一矢報いたような気がして、気持ちがよかったね。
188:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 23:59:52.96 ID:0NqI+JUK0
車を飛ばしながら、僕は助手席の彼女に言った。
「覚えてるかな? プレゼントを渡しあった僕たちは、
紅茶を飲みながら、テレビを見ていたんだ。
わざとヒーターはつけないで、二人で毛布を被ってさ。
ロウソクの火でわざわざ暖まったりして……、
そういうのが楽しかったんだ、その頃の僕たちは」
彼女は目を見開いて、僕の方を見つめる。
しかし彼女が何か言う前に、僕は先を続ける。
190:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:07:12.91 ID:T7AA0Ab80
あまりに雪がひどくて、その夜、一部で停電が起きたんだよ。
それはそれでロマンチックではあるんだけどさ、
場所によっては信号までつかなくなっちゃって、
吹雪で視界も悪くて、案の定、痛ましい事故が起きるんだ。
そのとき僕らが聴いてたCDは『レノン・レジェンド』で、
ちょうど『スタンド・バイ・ミー』が終わって、
『スターティング・オーヴァー』が始まった辺りだったな。
それくらい鮮明に覚えてるよ。クリスマスに死ぬなんて、
運の悪い人間もいるもんだなって思ってさ」
192:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:12:27.86 ID:08RFgW3zO
193:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:15:04.18 ID:T7AA0Ab80
――その中に、青い軽自動車があったことを覚えてるんだ。
実を言うとそれは、二周目の僕にとっては、馴染み深い物でね。
何せ、自分の役割を奪った男が乗っていた車だったから」
そこまで言って、僕は一度、横目に時計を見る。
「このまま放っておけば、同じ事故が起きて、彼らは命を落とす。
それは本当なら、僕にとっては望ましい展開のはずなんだ」
彼女は何も言わず、黙って話を聞いていた。
視界の端で頷く彼女に、僕はまた懐かしい感じを覚えたな。
「でもさ」と僕は言う。
「そういう悲劇を見逃すには、今日はあまりにもめでたい日だ。
それに僕は、一周目の人生を愛しているのと同じように、
それを再現してる彼らのことも、どっか愛してるところがあるんだよ。
僕も、たまには、二周目らしいところを見せてやろうと思う。
一周目の反省や教訓を活かして、もっと優れた二周目を目指すんだ」
196:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:27:18.60 ID:T7AA0Ab80
彼女はおそるおそる僕の肩を叩いて、聞く。
「これまでにも、こうやって、人を助けたりしてきたの?」
相変わらず、いいところに目をつけるんだよな。
「いや。これが初めてだね」と僕は答える。
「だから、今やってるのは、あんまり良くないことだと思うよ。
本来、数えきれないくらいの命を救えたはずの人間が、
いまさら自分の助けたい相手だけ助けるなんてさ」
「そっか……私も、これが初めて」と彼女は言う。
「私、二周目に入ってからも、一周目の記憶を使って
何かしようとしたことは、一度もなかったんだ。
今はこんな風になっちゃったけど、本当は、
私、前の人生を、そのまま繰り返そうと――」
「僕もそうさ」被せるように僕は言った。
199:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:33:07.89 ID:T7AA0Ab80
「停電で、見えなくなっちゃう前にね、
最後に一つだけ、確認させて欲しいんだ」
「何を?」と僕が言い終える前には、
彼女は背伸びして、僕の頬に唇を当てていた。
「ごめんね」と彼女は言った。「それだけ」
確かに、確認はそれだけで十分だったんだ。
それだけで、色んなことを、僕は思い出せた。
僕はずいぶん表面的なことに捉われていたんだろうな。
二周目における記憶の制限は、僕の考え方にまで、
致命的な欠陥を与えてしまっていたようなんだ。
言葉にできない感覚を、僕は軽視し過ぎていたんだよ。
このことにしたって、口で言っても伝わんないんだろうけどね。
「こんなに傍にいたんだね」、目を伏せて彼女はそう言った。
彼女が振り返るのとほぼ同時に、辺りの灯りが一斉に消えた。
200:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:42:03.35 ID:T7AA0Ab80
サンタクロース二人が袋から色んな灯りを出してさ、
誘導棒を持って交通整理をし始めたんだから。
用意した色とりどりの回転灯なんかは、見方によっては、
クリスマスのイルミネーションに見えなくもなかったな。
馬鹿みたいに沢山並べたんだよ、僕たち。
しかも僕はその馬鹿らしさに当てられちゃって、
窓を開けてねぎらいの言葉をくれたカップルとかに、
何回か「メリークリスマス!」を言っちまったんだ。
一番言いたくなかったはずの言葉なのにな。
格好と寒さで頭がどうかしてたんだと思うよ。
本当に酷い吹雪でさ、目を開けているのも辛かったし、
無意識に奥歯を噛みしめちゃって、顎が痛くて、
自分がどこまで服を着てるのかも分かんないくらい、
体のあらゆるところが冷え切ってたね。
201:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:47:52.28 ID:T7AA0Ab80
でも、結局、事故は一件も起こさずに済んだんだ。
何回か僕たちの方が轢かれそうになったけど、
まあ目立つ服装だったからね、何とか生き延びた。
この日ばかりはサンタクロースの格好に感謝したね、
これがジャックランタンとかだったら、間違いなく死んでたよ。
そして、例の青い車が通り過ぎるのを、僕たちは見送った。
かつての僕たちが通り過ぎていくのを見送ったんだ。
最初っから最後まで、彼らはなんにも知らない。
でも、それでいいんだと思うよ。
それどころか、自分が助けられたということに
彼らがまったく気付いていないことが、
僕にとっては、たまらなく痛快だったんだ。
202:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:53:02.12 ID:T7AA0Ab80
風邪でも肺炎でもなんでも来いって感じだったね。
どこかで暖まりたかったけど、既にどこの店も閉まっていて、
携帯にはバイト先から着信が何件もきていて、
雪にタイヤをとられて車が動かなくなって、
どっから手を付けていいのか分からないような状況だったな。
けれどもそのとき、時計の針が、十二時をさしたんだ。
そう、この瞬間、繰り返しは終わりを告げる。
ここから先は、僕たちも完全に知らない世界だ。
本物の元恋人は、歯をがちがち言わせて震えながら、
消えそうな声で、「さむいね」と僕に微笑みかけた。
それだけ喋るので精いっぱいだったんだと思う。
思えばさ、ここ十年、僕は寒さを分かち合う相手さえいなかったんだ。
204:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:01:16.11 ID:T7AA0Ab80
代役の二人は今後も僕らの席に座り続けるだろうし、
後期の単位は既に取り返しがつかないし、友達はいないし、
おまけに今すぐ凍えて死にそうで――けれども、幸せだったんだ。
これからは、何があっても、大抵のことは平気な気がしたんだ。
僕たちなら、それなりに上手くやっていけそうな気がした。
それはいかにも根拠のない自信だったけど、
根拠がない自信ほど、強力なものもないんだよ。
混乱してたのかもしれないけど、ひょっとすると、そのときの僕は、
一周目の二十歳のクリスマスより、幸せだったかもしれない。
だとしたら、それって、本当に本当にすごいことだよ。
十年ぶりの、ハッピークリスマスってやつだったんだ。
205:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:05:02.90 ID:T7AA0Ab80
なんだか生まれ変わったような気分だった。
僕が恋人から貰ったプレゼントをごそごそやっていたせいで、
僕のベッドで寝ていた妹が、目を覚ました。
眠たげな目で、枕元にある僕からのプレゼントを眺めて、
少し遅れて、「おおー」と満更でもなさそうに言った。
寝起きの妹って、ちょっとだけ一周目の面影があるんだよ。
僕はベッドに腰掛け、「なあ」と話しかけた。
「兄ちゃんは、十年後から戻ってきたんだよ」
妹は寝ぼけた顔で、やっぱり、「おかえりー」と笑った。
僕はそれが大のお気に入りだったから、
「ただいま」と言って妹の頭を撫でた。
妹は不服そうに僕の顔を見つめたけど、
内心、そんなに悪い気はしていないみたいだった。
207:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:08:53.37 ID:Gi1fzlQp0
208:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:10:14.22 ID:T7AA0Ab80
僕は十歳から二十歳の人生を、もう一度やり直したのさ。
そのときの僕には、これから自分が犯す過ちだとか、
本当にやるべきことというのが、分かったんだ。
なろうと思えば、神童にだって、予言者にだってなれた。
でも、僕はなにひとつ変える気がなかったんだ。
前と同じ人生を送られれば、それだけで十分だったからね。
しかし僕は、一周目の再現に失敗してしまったんだ。
周りの幸せだったはずの人たちにも、悪い影響を与えてしまった。
――ただ、だからこそ、僕は知ってるんだよ。
僕たちは、もっとまともになれるはずだったってことを。
微妙な違いで人は変わるし、変われるんだってことを。
ちょっと歯車がずれて、こんな風にはなってしまったけれど、
それは些細な違いであって、僕らがまともになれない理由はないはずなんだ。
だからさ、もう一度、あの日々を取り戻そう。そろそろ、反撃開始と行こうじゃないか」
プレゼントを抱えた妹は、やっぱり、「よくわかんない」と答えた。
いずれわかるさ、と僕は言った。
209:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:16:18.67 ID:T7AA0Ab80
最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。
今日もこの場を借りて宣伝……というか、
すでに何人かに指摘されちゃってますが、
そうです、作者は「げんふうけい」の僕でした。
http://fafoo.web.fc2.com/other.htm
214:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:30:16.54 ID:PgRitVbC0
乙!面白かったー
リアルタイムで見れたの初めてだ
210:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:18:51.33 ID:SwA/OMNF0
ペース的にモヤモヤしながら読んでたよ。
でも面白かったよー
218:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:44:12.89 ID:T7AA0Ab80
夜遅くなって、皆さんにはもうしわけないです
行き当たりばったりでやってたから遅くなってしまって
216:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:31:03.01 ID:gOSq5fGp0
いつもありがとう
219:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:55:33.05 ID:HE1aI146O
後半『スターティング・オーヴァー』をBGMに読んでたよ 凄い清々しい気分だ ありがとう
222:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 02:36:33.65 ID:T7AA0Ab80
そういう読み方をしてもらえると嬉しいですね。
そういえば、>>192の方が僕の意図に気づいてくれたのには驚きました。
220:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 02:06:58.75 ID:ByApdrqDO
お疲れ様でした!!
終盤は鳥肌立ちっぱなしだたww
心地いい清涼感の中寝ることが出来ます。ありがとう
221:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 02:12:53.11 ID:oRSuJDOn0
乙です!
228:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 06:31:14.88 ID:nnu/z0ZG0
230:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 07:52:19.59 ID:RWSeM8zNO
その後みたいな物語も書いて欲しいなぁ
239: 忍法帖【Lv=5,xxxP】(1+0:8) :2012/10/22(月) 12:28:50.03 ID:+mRt3wjYO
240:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 12:30:32.11 ID:hvR8Rcoz0
244:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 15:25:05.72 ID:RNuHcpeL0
249:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 20:16:14.33 ID:gn845x9P0
いつも乙です!
251:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 22:26:19.95 ID:jbnV0msY0
次回作も期待!
256:名も無き被検体774号+:2012/10/23(火) 00:51:29.63 ID:1PWBCKHI0
265:名も無き被検体774号+:2012/10/23(火) 12:51:02.07 ID:96JFUOWm0
そんで無償で作品公開してんのか……ため息が出るわ
272:名も無き被検体774号+:2012/10/23(火) 21:53:14.74 ID:8dG5MDde0
yasainet
がしました