1名無しさん@おーぷん ID: ID:tKt

天文20年(1551年)10月2日には、10歳の女子が本子守町で鹿に石を投げたら当たり、神鹿を殺害したとして、

大人と同じように縄でくくられた上で興福寺周囲の塀を馬で一周させられ(大垣回し)した後に斬首処刑され、

家族は連座で家屋を破壊され追放された(『興福寺略年代記』[9])[10]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%88%E8%89%AF%E3%81%AE%E9%B9%BF




3名無しさん@おーぷん ID: ID:MRV

今となっては害獣




4名無しさん@おーぷん ID: ID:Qvr

なんかどっかで見たことある記事...どこで見たんやっけ...




8名無しさん@おーぷん ID: ID:tKt

>>4
記事(瓦版)




5名無しさん@おーぷん ID: ID:OAg

10歳の人カスの投石で死ぬ鹿さんサイドにも問題がある




6名無しさん@おーぷん ID: ID:Q3E

10歳が投げる石で死んじゃうもんなん?
耐久糞雑魚すぎひん?




10名無しさん@おーぷん ID: ID:Qte

人「さすがにワイの投石で死ぬほど鹿も虚弱やないやろw」
鹿「さすがにワイに石投げてくるほど人間も馬鹿やないやろw」




12名無しさん@おーぷん ID: ID:HSq

今となっては神域の外に出た鹿を駆除してる始末




13名無しさん@おーぷん ID: ID:tKt

奈良での農作物被害をめぐる鹿との攻防の歴史は古い。江戸時代には鹿の侵入を防ぐ「鹿垣」が作られたとされる。
1878年(明治11年)には保護を目的に「神鹿殺傷禁止区域」が設定されたが、農作物被害を理由に、1923年(大正12年)には区域が春日大社境内と奈良公園内に縮小されている[31]。

明治時代以後も、鹿の農食害が問題になるが、神鹿として所有権を春日大社が主張した。1916年(大正5年)、
奈良公園外の畑で死んでいた鹿を食べた住民に対し、大審院において春日大社所有の神鹿を窃盗したとの有罪判決が出て大社側の所有権が認められた結果、
捕獲ができなくなり、深刻化した。これに対し奈良県と神鹿保護会と春日大社が合わせて保護会から被害補償を配給し、今も奈良の鹿愛護会から見舞金として支給している[32]。

だが、戦後になり、1964年(昭和39年)に周辺農家は「奈良市鹿害阻止農家組合」を結成し被害防止のため交渉したが、
進展がないと一部農家が1979年(昭和54年)と1981年(昭和56年)に国、奈良県、奈良市、春日大社、奈良の鹿愛護会を提訴した。
それで春日大社は所有権を取り下げ法的責任はないとして、奈良県は法的な責任は認めず、やがて1985年(昭和60年)に奈良の鹿愛護会との和解となり、
春日大社は和解書にも名前は直接避けて「利害関係人」と記され県と奈良市とともに農業被害の防止に協力する形となった[33][34][29]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%88%E8%89%AF%E3%81%AE%E9%B9%BF


実質春日大社の尖兵やんけ




15名無しさん@おーぷん ID: ID:bYx

動物愛護団体(タカり屋)




16名無しさん@おーぷん ID: ID:jod

昔の日本って狂ってそうよなあ




17名無しさん@おーぷん ID: ID:zqt

>>16
昔の世界が狂ってないみたいな言い方




18名無しさん@おーぷん ID: ID:OAg





19名無しさん@おーぷん ID: ID:fBc

徳川綱吉がゴミみたいな法令作ったからや
歴史史上最大の無能




22名無しさん@おーぷん ID: ID:jod

>>19
虫さえ殺しちゃあかんとかキッツイよまじで




34名無しさん@おーぷん ID: ID:iiV

>>19
綱吉「生類憐れみの令は守ってや…」
家宣「おかのした」

家宣「あほくさ こんなもん即解除や…義理立てとしてワイは一生守っといたろ」




44名無しさん@おーぷん ID: ID:jkU

>>34
有能




21名無しさん@おーぷん ID: ID:hJG

山の鹿は轢き殺しても自損やし
今はもう奈良の鹿轢いても自損やで
奈良の所有物でも宮内庁の所有物でも無い野生扱い




25名無しさん@おーぷん ID: ID:ktk

生類憐れみの令は人間様には通用せんのかぇ~?




30名無しさん@おーぷん ID: ID:L7e

奈良の鹿にまつわる伝説

三作石子詰之旧跡
三作石子詰め(さんさくいしこづめ)という伝説がある[13]。その昔、興福寺の寺子屋で三作という名前の小僧が習字をしていた、そこに鹿が現れ半紙を食べられそうになったため、小僧はとっさに文鎮を鹿に投げつけ
た、ところが急所に当たったためか、鹿は死んでしまった。神鹿殺害の罪は穴に石で埋められる石子詰め刑罰と定められており、三作もこの刑で死罪となった。嘆き悲しんだ母親は三作の霊を弔うため、毎日明け7つ(午前
4時)暮れ6つ(午後6時)に菩提院大御堂の鐘をついて供養に努めたという。現在[いつ?]、興福寺菩提院大御堂の前庭には三作の塚がある[14]。


小僧投げる力強くて草




32名無しさん@おーぷん ID: ID:RRu

>>30
もしかしたら昔の鹿は非力だったのかもしれない




35名無しさん@おーぷん ID: ID:F1Z

鹿裁判ってあったよな?
お奉行さまが鹿の死体をこれは犬やって言って一件落着




42名無しさん@おーぷん ID: ID:1ri

江戸で綱吉にフンかけたカラスを島流しにしたら島で話した瞬間江戸の方に飛んでった話すこ




45名無しさん@おーぷん ID: ID:kTP

遊びで動物に石投げるやつは死んだ方がマシやろ




46名無しさん@おーぷん ID: ID:CSi

本当に少女が殺したんか?




50名無しさん@おーぷん ID: ID:kTP

紐つけてヒュンヒュン回すガチの投石やったかもしれへん




52名無しさん@おーぷん ID: ID:6LS

1550年代の興福寺なんか奈良の王やからな




56名無しさん@おーぷん ID: ID:1Dz

投石で死ぬってみたいな書き込み沢山あるけど、拳大の石が頭に当たったら人間も脳挫傷不可避やで




62名無しさん@おーぷん ID: ID:b7P

>>56
それなりに威力ないと野生動物って死なないイメージあるわ




63名無しさん@おーぷん ID: ID:CSi

>>56
みんな10歳の女の子が投げたってところに引っ掛かっとんのやで




110名無しさん@おーぷん ID: ID:1Dz

子供がいたずらで動物に石を投げること自体はあり得ると思う
鹿はイノシシとかと比較して筋肉も脂肪も少ないから、当たりどころ悪くて死亡は可能性としてはあると思う

気にいらん家を追放するためのでっち上げの可能性もあるやろけどな




26名無しさん@おーぷん ID: ID:HSq

女児が150kmストレート投げたのかもしれない




引用元:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1612662299/